舎利石無いな
なんか重機が入った跡がある。
あっつー。
糸魚川市に行った目的は翡翠の採取だったけど、空振り。事前に調べておいた第二目標である姫川薬石を山盛り拾った。
月曜に行ってみたんだが、オラの熟練度で半日で100粒が良いところ。岐阜から来てた初心者で20粒という感じ。
近年、笹薮が枯れ始めている。深浦~鰺ヶ沢の海岸沿いは全滅に等しい。
屏風山を南北に走るメロンドードにも広がってきており、日当たりの良い場所はほぼダメだ。気温上昇に依るものか、ウイルスに依るものかは分からないが、このままでは津軽では馴染みの竹の子(ネマガリダケの竹の子)が食卓から消えかねない。
十三湖付近の防風林に生えている笹はまだ大丈夫そうなので藪の中を探すもまだ寒いためか1本だけ見つけて終了。近所の女性もフル装備で山菜採りに来ていたが収穫は遭ったのだろうか?。
竹の子1本はその場で皮を剥いて食べる。近くに大振りなハコベも生えていたので、増えたら今度採ろうと思う。ハコベは癖がなくてお浸しや刻んでお粥に混ぜると美味しい。
中之島ブリッジパーク前の売店は全て営業しておらず、小倉屋でシジミ汁を飲みたかったのだが営業自粛だとしたら暫くは飲めないだろう。
そのまま磯松海岸に移動。ここは錦石拾いの穴場で、ちょっと拾いたい時に車を降りてすぐ目の前。運動がてら30分ほど散策していたら雨が本降りしてきたので撤収。
収穫はあった。黄色と赤のジャスパー(碧玉)と黒が入っていないペトリファイドウッド(珪化木)2つ。黒で木目入り2つ。硬くて高密度な青の流紋岩2個。卵の黄身色の碧玉1個。最大のお宝は赤と黄色が綺麗に混じったのか斑のないオレンジ色のジャスパー1個。本来の勾玉に近い形をしていたので穴を開ければそのまま首飾りにできそうだ。これらは後日写真をアップしよう。
雨も強くなってきたので帰路につく。対岸のはくちょう亭2軒は営業していたがパス。そのまま蟹田のマエダで昼飯を買って車内で昼飯。蓬田のよもっとにも寄りたかったのだが雨が強くて車を降りたくなかったのでスルー。
帰宅してからすぐ風呂。疲れたので寝たら起きたのは日付が変わってAM1:30。忘備録としてこれを書いている。
山菜採りも石拾いも運動不足には丁度良くて、しかも得るものも大きい。しかも3密には成らないので最適だ。都市部の人なら河川敷に行くだろうから、食べられる草やら川原の石ころなどを拾ってはどうだろう。
魔除け、厄除け、金運、財運、招福、健康、長寿などあらゆる災厄から守ってくれるとされている青森でしか採れない舎利石は、いま新型コロナウイルスで不安でいっぱいの日本で最も有り難いパワーストーンかもしれない。商売であれば物々交換で取引して良いと思ってる。
自分で空のお守り袋を購入して、舎利石を入れ、神社で祈祷してもらったものを売ってみようかな?とかいう思惑もあったが、実行には移していない。あくまでも将来的にその可能性はあるとは言える。
これまでも、舎利石を寺で開眼したものをお守り袋に入れて安価に販売するなら譲っても良いと言っているのだが、いまのところどこの宗派も派も無反応である。
オラという存在を怪しんでいるのかは知らないが、怪しむだけ馬鹿らしいとハッキリ断言する。真言宗のどこぞの派の総本山で開眼するだけの余力があるのであれば送っても良い。
手持ちがかなりあり、極小のものだけでも数千粒は所持している。これは非常に価値が高いので舎利石拾いを辞めてもいざという時のために保持する。手放すのは最後の最後だろう。
3万粒を超える舎利石は仕分けをしていると相当数のハネが生じる。割れや欠けは舎利石として流通させるつもりは無い。海岸に戻すとか人に上げたりしている。
ほかに仏具として見て多少形が悪いとか、仏舎利として使用するには大きすぎるなど、そんなレベルのもので良ければ数千粒はお譲り可能なのだ。あまり小さいと袋に入っているのか分からないから、6~7ミリ以上の舎利石の方がパワーストーンとして最適であろう。
さあ、どうする?
起きた時は曇ってて「天気予報また外れるのか!?」とか思ったが、考えるよりも行動の脳筋モード突入。起きてさっさと支度をし、車で今別に向かう。
こんな感じ。
最近の天気予報は全くあてにならない・・・7時半に家を出て今別には9時着。
いつもは日の出前には出るのだが、天気悪いってーんで寝てたら外が妙に明るい。
晴れたじゃんか!w
12月29日と1月2日に今別まで行ったけど、10粒ずつしか拾えす。
昨日は比較的天気が良かったので400ほど拾った。
去年、1日で2000粒ほど拾ったのは仕分け完了。
昨日拾ったものは細かいものが多かったので大きいものだけ別にして小瓶に保管。後日、サイズ別に仕分ける。
錦石拾いが趣味の一つで七里長浜をホームグラウンドとして活動していたものの、満潮干潮のデータと実際が違いすぎる上に風があると波の強さもとんでもない日本海。
冬は危険すぎて近寄りがたし・・・ということで今別に調査に行ったところ出会ったのが美麗なカーネリアンだった。海が荒れると毎日のように打ち上がるオレンジ色の石に魅せられて土日祝日は通い詰めた。
ひとしきり拾い終わったあとで細かい瑪瑙の粒に気づき、これって小瓶に入れて飾ったら綺麗だよねー♪とか思いながら拾い続けているうちに、なんでこんなに小さい瑪瑙の粒が???と疑問を持って調べたら、これが舎利石だと分かる。
それからカーネリアン探しがメインだったのに、希少で今別でしか拾えなくて、しかも幻とかナントカという記述さえ見つかり、拾い続けながらネットに散見する文献を読み漁り、まとめていったところで、いつでも見れるようにとサイトの作成を始める。
その間もどんどん拾い続け、目が慣れて、更に目も肥えて、更に母石はもっと希少で絶滅したとまで書かれた日には、「んじゃ探してみるか・・・」と軽い気持ちで調べ続け、おおよその見当をつけ、航空写真と睨めっこ。現地に赴き、海岸線の端から端まで歩いて波を読んで、脳内シミュレーターフル稼働で物理演算。波の作用でどこに流れ着くか黙って高台から見つめ絞り込む。ふむふむとそれっぽい風に閃いた。
そして地面に這いつくばって、匍匐前進しながらそれらしきものを発見する。1つが見つかれば、あとはどんどん見えてくる。基本的に非常に神聖なものである。頭が高ぁーーーーい!である。ほんと、頭が高いと見つけられない。少なくとも最初のうちは。
慣れてくると母石がどんどん見えてくるので、朝一番に母石探しを30分から1時間。その後に山崎湾に移動して海岸に這いつくばって3時間から8時間粘る。ときには寒風に晒され、波を被り、長靴も水没しながらそのまま夕方までという日もあった。今思うと馬鹿なことをしていたものだと思う。とにかく舎利石に魅せられていたのだと思う。何が自分を突き動かしていたのかは不明であるが、これだけは言える。
一般人がしないことをただ只管に極めれば、それで日本で屈指の・・・というお墨付きは後から勝手に着いてくる。実際にこれまでがそうであったように、日本や青森で屈指の・・・なスキルというか馬鹿なことだったり、定番とまで言われるようになったものや実績はいくつも持っている。いづれも一般的ではなかったとされる状態で早々に食いつき極めて追従を許さないくらいにまでやりつづければ、その時点でほぼ第一人者とまでもいかないが、定番とかトップレベルというものを周りが認めてくれる。
行動力もあるので、いきなり拾った舎利石を寺に持ち込んだらどういう反応を示すかという「普通はそこまで考えないだろう?」ということをいきなり行動に移す。で、これまでネットで漁っていた情報以外の情報も手に入る。更にサイトを充実させられる。良いことだらけ。
オラの行動には欲がない。できればオラに関わるニンゲンもハッピーに慣れれば互いに良い関係が築けるので、友達というよりも仲間や同志というものができる。類は友を呼ぶというか、類は同志を吸引する。
オラはオラの得意分野や得意分野(開拓中)をとことんまで発揮する。本人が楽しいと思っていることで真冬の荒波打ち寄せる海岸で気温マイナスの風速十数メートルに数時間とか普通なら低体温症でぶっ倒れてそのまま死ぬかもしれない過酷な状況でも風邪もインフルもかからない。いや、本人が楽しいと思っていることで、たぶん燃える闘志がそんなものを寄せ付けなかったのだと思う。(この調子で痩せてくれればラッキーなのだが一向に痩せない)
で、話は戻ってその後・・・舎利石の大きさや形状に価値の有無を知り、好みはあるにせよ、どういったものを集めれば良いのか見当をつけて分別を始める。
ハネを別にして保管して不定期で大量にお寺へと持ち込み話を聞く。石友さんが石フェスで販売してみたいと申し出て、こちらも快諾。それと同時進行で母石を高額で譲り受けたいとの連絡が入り、趣味では首位に入るストリートビュー撮影用のプロ仕様なカメラと交換。
その後も舎利石と母石を拾い続けて選別も続け、手元には最高級品と位置づけた数千の舎利石がどんどん溜まり続けている。いわゆる貯金みたいなものだ。先行投資といっても良い。投資したのはガソリン代とメシ代と時間と膨大な労力。そして老眼が進んで視力もかな。仮に老後に舎利石が採れなくなっていれば、これはかなりの貯金額になる。
今後も舎利石が採れ続ける保証はない。一時期、大量に取れ続けた舎利石も今週はめっきり減ってしまった。採取に適した浜の状態としてはこれまで以上に良い状態だったにも関わらず、急に収量が落ちた。
もしかするともしかするのだ。バタフライ効果でもないが、あそこの消波ブロックの敷設の影響が出てきたのが先月の1日に2千粒。そして急に収量が落ち込んだ今週。変動が激しくなると予想される。そしてある日突然ということもあり得る。無いとは言い切れない。ただ、まだ拾い始めて1年経過していないので、年を通した収量の変化を読めていない。でも、春先には無かったものが夏にはできた影響も考えれば読みが難しい。
いま、ここまで解っていること。そしてこれから起こること。神ならぬ舎利石だけにお釈迦様のみぞ知るといったところか・・・
これに袰月に大型の消波ブロック敷設で何が起こるか。そう、母石が本当に絶滅するかもしれないこと。絶滅と言っても浜で拾うことができなくなるという可能性。これは設置されてみないとわからないのだ。
さあて、天候と暇具合によるが、毎週2日続けて拾いに行くということは無理な季節になった。なので、月イチか、隔週くらいで様子見という活動レベルに落ちると思う。
ここをご覧の約30人くらいの人にはしばし、舎利石ネタはポツポツというレベルに落ちるが、暇ならたまに覗いてくれ。
オラは多趣味なんで、全く方向性が異なる日記になっても驚かないように。オラの趣味と過去にやってた趣味は数十はあるのだ。