早いものだな。
あの時ほどラジオの重要さを認識した時はない。
乾電池数本で何十~何百時間も情報を受信できるアナログな受信装置であるラジオレシーバー。
その辺のホームセンターで数百~数千円で買え、工夫次第でラジオそのものの受信性能を数倍にも引き上げることで遠くの放送局の放送を聴くことができる。
震災当事に感動したのは短波放送。ここ数十年。これほど世界中の放送が、日本の大地震を一斉に報道したことは無いだろうってくらい言葉は分らずとも日本の東北地方の地名を読み上げていた。
地震に対して全く準備のできていなかった近隣のFMやAM放送とは違い、短波放送は中長距離の放送を受信できる優れた放送手段。受信にはちょっとしたコツや工夫が必要ってだけで、それもワイヤーアンテナ1本と設置場所の工夫で解決できる程度。
特番やらは明日にでも行なうつもりなのだろうか、今日のラジオは少し静かだ。普通に音楽が流れている。
風化させてはいけないとは言わない。教訓とすることが大事だ。あのとき何をすべきだったのか。あのあと、何をしなければならなかったのか。あの後、ライフラインや食料、ガソリンが入手困難になった理由と原因。
そして、復興のために仕事をしていた人たちがガソリンを入手できず、ヒマでパチンコ屋に行くしか無い人たちがガソリンスタンドに列を成して、本当に必要だった人たちが給油できなかった現実。
あのような過剰な不足を引き起こした原因は輸送体制の不備。給油は生活維持に必要な職業の人たちに限定して行なうべき。
更に、六ヶ所村の石油備蓄基地のような広大な施設があっても肝心な時に青森県にはガソリンが無かったという計画性の無さ。
政治に慣れていない民主党が本当に役立たずだったことを単に証明してしまっただけのことではあるが、悔しいながら自民党ならもっと早く動いたであろうということ。
福島をあそこまで最悪な状態に導いたのは東京電力という悪の組織や自民党政治のツケであろうが、判断に時間が無かったとは言えない。何を優先させるべきか全く考えていなかったんだろうという事実だけが残った。
日本人は学ばなければならない。
多くの犠牲を出したあの大震災が何を考えるべき出来事であったのかを・・・
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