墓参りに来て墓に入る人のニュース
今年はそんなニュースを聞きたくもないのでTVを見ないようにしている。
今年はそんなニュースを聞きたくもないのでTVを見ないようにしている。
今日も4:30ころからスズメのようなものがチュンチュンと点呼のようなものを始める。
軽佻な霊感があるオラとしては、こういった第六感の存在を否定しなくもないが、こういった霊感を売りにしている本業の方の霊感というのはどの程度のレベルなのだろうかと甚だ疑問なのである。
朝食が食える時間に営業していないのになぜかティ○ァニーという喫茶店がある。
しかし、それは人間だから食えないのであって、カラスたちは早朝からエサの争奪戦を繰り広げている。
ある朝のこと。
オラが信号待ちで歩道を見ると、そこには見事な大型犬のウンコがドドドン!と横たわっていた。
そこへハシブトが着地しておもむろにウンコを咥え始めた。 Σ(゚(Д)゚ノ)ノ キャー!ヤーメーテー!
上から「ンギャーンギャーンギャー!」と通常より怒りモード高めのハシボソの声。(((゜(Д)゜))) まさか・・・
ハシブトが急いでウンコを頬張っているとき、ハシボソも着地。
ビシィー!っとした態度でハシブトを追い払う。
そして・・・Σ(゚(Д)゚ノ)ノ キャー!
ハシボソもウンコを咥え始めた・・・
確かに犬のウンコを見るとほとんど未消化のドックフードっぽい色。
ある意味で貴重な栄養源なのかもしれない。
彼らにとってはハンバーグも犬のウンコも大して変わらないのだろう。
とにかく。
人間が朝食を食えないティ○ァニーの真ん前で、カラス達が置き去りにされた犬のウンコを朝食にしていたのは間違いない。
カラスが犬のウンコを食う姿なぞオラは見たくなかったぞい・・・
しかしだ・・・
犬の飼い主よ。
ウンコを片付けるのは飼い主の責務ぞな。
ブロガー(GoogleのBlogger)がログインできなくて焦ったぜ! ヾ(`(Д)´)シ
先日、どっかのサイトにリンクから飛んだらさ、リダイレクトされて自分のアカウントで「このブログは問題があると報告されています。このブログの利用を継続しますか?」みたいな表示が出たのさ。
Σ(゚(Д)゚ )なんだこりゃー!
ってことで画面に返事せずに閉じた。
で、今日、ログインしようとしたらログインできなくて焦りまくりだぜ。
どうやってログインしたかというと、Gmailにはログインできるので、Googleアカウントにログインしてからブロガーの設定を確認して、アカウントのサービス一覧からブロガーにログインしてみた。
結局原因は不明なんだけどさ、落ち王、cookieは削除してみた。
どうやら上手くいってるみたいだ。
(;´(Д)`)=3
休みを取ったのはいいけど、台風のせいでどうにもできん。
オラはmixiとブログには、ほぼ毎日ログインしている。
ライターは右手で着火するオラ。
今年のねぶた祭りとお盆は、モロに平日に被ってしまった。
だから企業によって休みのパターンは様々だろう。
下手すると無し。福利厚生がしっかりしている会社は前の土日と後ろの土日で併せて9連休なのだろう。
オラが勤める会社には3日の夏休みがある。これは本人さえ良ければ8月と9月のいづれかで一気に使ってもバラして使ってもいい。
オラは間に土日を挟んで5連休にしてみた。
連休は何すっかなー。 やっぱ鳥さんだべなー。
タマンネー
(*´(Д)`)=3 チュン群れにパン玉とか、カラスとマッタリとか、カモハミハミとか・・・
ヾ(≧(∇)≦)シ 細くてシャープな脚と鋭い爪!フワモコなお腹とケツ!フワモコに反して硬そうなクチバシ!
公園行ったら顔見知りが勝手にどんどん集まってくるけど、知らない場所のカラスを弄るのも面白いんだよな。
知り合いのの鳥さんは遠慮しないけど、初顔の鳥さんの最初のドキドキ、ビクビクな感じがまたいい。
鳥は基本的に人間との接点をあまり持とうとしない生き物なのだが、カラスとスズメとカモは人の居る場所に住み着いていることが多い野鳥。
彼らから見た人間というのは、とりあえず「自分にとって危険な生き物かもしれない」という先入観があるため、故意に近づこうとすると必然的に逃げる。
しかし、鳥は飛んで逃げられるという優位性と、非常に旺盛な好奇心を持っているのでちょっとくらい近づいても大丈夫だという自信があるのだ。
だから敵意が無いという行動を見せてやると急に距離を詰めてくる。
エサなんかあれば手っ取り早い。
食べられるかも知れないという考えが、逆に食べ物をくれるという食欲に負けてすぐに親しくしようと近寄ってくるのだ。
この辺の切り替わりの速さは(早いんじゃなくて速いのだ)他の生き物に見られないスピードだ。
まさにツンデレ。さっきまで散々警戒していたあの威嚇や警戒音はどこに飛んでったのだというくらいにコロっと変わる。
コツはあるのだが、これは敵意が無いという気配をどうやって相手に察知させるかに掛かってくる。
まぁ、鳥を飼ってて、野鳥ともお近づきになりたい人が居たら教えてあげよう。
オラと一緒に総勢百数十羽の野郎共のエサクレ攻撃を受けられる覚悟があれば・・・だけど。
飛んで逃げられるとはいえ、捕まえようとすれば捕まえられる距離。
そんな場所から自力で空を飛べる生き物から見上げられる。
いつも彼らを羨ましく見上げているのはオラなのだが、公園では立場が逆だ。
オラがしゃがんだって彼らより上から目線。
気分が良いというよりも、あの逆立った鳥頭が好きなので真上から見放題であることが何とも萌えすぎw
今ではGP公園の野鳥の10%が信頼度90%。ほとんど手が届きそうな距離。
50%が信頼度50%。これは近いけど彼らの間合いの外だ。100%逃げられる距離。つまり2m程度。
残りの40%が信頼度30%で3m以上離れて完全にオラや野鳥の間合いの外だ。200%逃げられる距離。
誰かが誰かより前に出れば前に出る習性がある。我先にという感じである。
その極端な例が、つま先10cm野郎のデブチュンである。
いや、マジで太ってる。動きが全然軽やかじゃないし!w
そんなデブチュンがいつもどおり足元から「おい!食いもんよこせや!」なんて顔でジロジロ見上げるのである。
(*´(Д)`)=3 その突き刺さる目線が恐竜っぽくてイイ!
3週間ぶりかな? 公園に行ったら野鳥のヒナと親に熱烈歓迎を受ける。
ふわもこのスズメのヒナがかなり目立つ今日この頃。
家には既に80羽ほどの大群が待っていたのだがコメを1合撒いて退散。
Aボスにはジャーキーをやったのだが、公園に向かう時に振り向いたらもう一羽居た。
うーん、残念。どうしても欲しければ鳴くか降りてくるかどっちかやってくれ。
無視して公園に行く。
公園の入り口に入る直前に、勢い良くこっちにすっ飛んでくるスズメが1羽・・・オラ、びっくり。
どんだけオラガオラだって確信してるんだか。
まるで ( o`θ´o)ノ ぃょぅ! という感じだ。
良く見るとコメ浴びスズメさんではないか。
なるほど、オマエなら100%オラを見分けられるだろうな。
西ボスさんはこの熱波でも熱中症にならずに生きていた。
オラはそれだけが心配だったから良かったよ。
たっぷり1時間ほど公園でスズメとカラスとカモに追い掛け回されたら疲れたので帰宅。
パソコンを起動した時にブラウザに表示されるページ(つまり、これが本当の意味のホームページ)をmixiにしているのだが・・・あれ?
mixiのサーバーが落ちたんか?
まず、人間の聴力について
Wikipedia-聴覚-
ついでに、聴力検査ソフト
可聴周波数域チェッカ
[人間の聴力]
さて、以前、人間の目の解像度について書きました。
これは、本人しか分からないことなので、目が良い人が見ている世界と、目が悪い人が見ている世界が違うこと。モノをどのように見るかによって脳がどのようにそれを処理しているかについて説明しました。
まず、オラ(aomorikuma)の聴力を挙げてみます。
アニメなんかでは最後に自分の考えすら持たず、機械の言うがままに操られて・・・という極端な世界に。
まぁ、現実世界でも簡単操作とか分かりやすいを優先して不便が無くなり手軽さが重視されて難しいことなんて無くなる。それでも世の中には分からない。操作できない。使い方が分からないという人間は山盛り居るのだ。
それでも中には少数ながら作る側の人間も居るお陰で世の中には新しい商品やサービス、仕組みが出てくる。
ある一定のレベルまで達すると世の中には進歩が無くなるが、それでもごく少数の天才がそれを打開してくれる。
たとえば。
世の中に不便が無くなると何でも簡単なほうに行ってしまって人間はモノを考える力や想像力を失う。
それに伴って工夫や創造といったクリエイティブな思考が鈍化して、何でも楽な方に走るようになる。
それが慢性化すると「面倒くさい」とか「楽したい」とかが優先されてしまい、足元に転がっているきっかけを見なくなる。
自分がそこで働いて会社を持ち上げようとする人よりも、下で働きながらも給料だけは高くあってほしいみたいな人間が増えるわけよ。実際、そんな傾向にあるとニュースで行ってた。偉くなりたい人が減ってるってね。
今じゃ少子化が進んでいる日本では子供の競争力が低下して、平均学力も下がる。
オラが学生の頃には倍率が高くて入れないような高校でも、平均が下がってるからオラ程度の学力でも楽勝で入学できてしまうだろうってこと。
まぁ、学力が全てではないのだが、前述にあるように発想力や想像力も低下しているから新しいアイディアなんかがそうそう簡単に出るわけも無い。
学力ばかり高いと決まりきったことへの対処は凄く相性が良いけど、仕事に疑問を持たない人が多いから、効率のアップとかよりも時間が掛かっても総合的に仕事量が少ない方法を選んでしまう。
昔の人間はバブルで就職も楽だったろ?
とか言われそうだが、それはオラが就職する10年以上前のことだ。
求人は今よりも多かったけどね、人間も多かったから競争率も凄く高かったよ。
しかもバブル期に就職した人間が年功序列でどんどん偉くなるでしょ。
すると能力の有無に関わらずどんどん役職が付くのさ。
そうなるってーと楽してもバンバン仕事があるし給料もボーナスもバンバン貰えてた世代。
そんな苦労をしらない世代が無駄に管理職になったりすると、苦しい時にどうやって営業利益を上げるかって方法を知らないで偉くなってるもんだから部下の時間外や休日出勤をカットする方法しか思いつかなくなるのさ。
で、最近はそれは犯罪(サービス残業やサービス出勤)だからってご法度になってるでしょ。
会社からの理不尽な扱いもパワハラってことで訴えることもやり易くなっている。
まず、サービス残業やサービス出勤ってのは会社が負けるからさ。
ただ、仕事の速い遅いや、得意不得意なんてのは誰にでもあるさ。
そうなると、人事の人間の手腕が問われる。その人が本来持っている力を100%以上出してやるのも総務や人事の仕事。会社としての法律関連はほぼパーフェクトを求められるだろうし、簡単にキレる人間にはまずなることができないセクションでもある。
会社の命運は人事に掛かってるとも言えるが、人事だけでどうこうできるものではない。
営業の力も必要だし、仕事柄、役所とのやりとりも重要だ。必要な書類を揃える手際の良さも求められる。つまり管理部門がダメだと現場の足を引っ張るわけだ。
でも、現場も管理部門にばかり充てにしてらんない。
管理部門がダメなら現場でその仕事をある程度揃えてやる必要もあるのだ。
ここで現場と管理部門が喧嘩しても始まらないから、定型化できるものは定型化してしまうように現場が何とかすれば管理部門も提出が早くなる。
現場の収入が上がって利益も増えてくれば人間も必要になるし、自分の負担も減るってことだ。
管理部門ってのは人がいっぱい居るほど収入が無い人間が増える事になるから、実際に仕事の戦力ってのは現場の戦力ってことになる。管理部門ってのは仕事の相手が社内で、現場ってのはお客様と直接会って仕事してお金を貰う仕事だ。
それに新しく募集される人間の殆どが現場の人間だし、そこに入るには言われたことだけやってる人間よりも自分から考えて色々とやる人間が優遇されるし、自分でお客様を取ってくる人間が喜ばれる。
現場も事務と作業員が居るわけだが、事務員よりも作業員の方がお客様と顔を合わせる時間も回数も多いのさ。 つまり、事務は事務で必要だけど、作業員破壊者の看板でもあるから、作業員がお客に嫌われると仕事そのものが無くなるという場合だってある。
逆に作業員がしっかりしていれば仕事が増えることもある。仕事が増えれば新しい人が入ってくる。
そうなると会社は発展するし、逆にお客様がなくなると自分の職も失うんだ。
ってことはだよ。
お客様とのトラブルが少ないというか起こす危険が無い人間がベストなんだから、採用する方も面接を重視したりするのさ。
入社した当時はヤル気マンマンだったとしても、周りの人間に感化されてダメになる人間も居るし、我が道を行く人間も居る。最終的には自分の職場を自分たちで守らなければ自分の職場を失うことにもなるのさ。だから、悪い連中とつるむとロクなことにはならないし、上司がダメなら組合に言うのも手段だ。
ただ、自分がどれだけのことをしてきたか実績が無いと発言権も無いと思った方がいい。
面倒だからとか、やりたくないとか言い続けていれば「オマエは明日から来なくていい」なんて言われても仕方が無いのだ。だから楽して稼ごうとか、面倒だからやりたくないなんて言ってられない。
親が生きているし家もあるからとか甘い考えで居ると、親が居なくなった時に自立できていない自分だけが残るってことだよ。
就職できないからと家に篭っていたって何も始まらないし、楽で高収入な仕事ばかり探しているよりも実際に色んな仕事をしてみる機会があればやってみるといい。
オラは同じ会社の中で色んな支店や営業所、事業所などで、それこそ全く違う内容の仕事を経験してきた。だから転勤とか辞令が出る度に転職しているようなものだったさ。
結果として現場も管理部門も経験しているから色々なことを学べた。
それが今のオラの経験値でもあり、知識でもあり、考え方を形作っている。
結局、オラが今まで仕事をしてきて新入社員に求める能力ってのは以下のことだよ。
パソコンくらいまともに使いこなせ。基本的にWindows全般は使えなきゃね。
もちろん、ブラウザ、メール、オフィスは人並み以上の知識が要求される。
今やっている仕事に疑問を持て。前の人から引き継いだ仕事をそのままやってみて、自分で改善する能力が必要。
文句は言ってもいいけど、やってから言えばいい。やる前からできないとか面倒くさいとかいう態度が見え見えだと何も頼みたくなくなる。
自分が何か得意なものを見つけること。他人が困っていたら助けてやれば、自分が困った時に頼める。もしも自分が助けた相手が自分が困っている時に助けなければ二度と助けなければいいけど、自分のために助けてやればいい。そのうち、そいつの仕事を自分ができるようになればその仕事を任せられるだろうし、その時にそいつが転属させられたりクビになっても貴方には損はないと思うな。
まともな会社なら役職もつけてくれるだろうし、給料も上がるだろうから。だって、同じ給料の人間を2人雇うより、ひとりで2人分できる人間に1.5倍の給料を払った方が会社としても有益でしょう。
単純にひとり20万円で40万円の人件費が一人になったら30万円になれば貰う方も払う方もお得だ。
だからといってひとりで二人分の仕事は厳しい。でも今まで2人でやってたことを1人でできる範囲に効率化すれば話は別だってこと。
まぁ、物理的にできることとできないことがあるけど、3人でやってたことを2人でやることにはそれほど問題は無いだろう。そうなると結局会社としては従業員数が減るのだが、もしも大きい会社でそれをやったら、実質的な計算はまた違ってくし、仕事の配分もまた変わってくるだろうし。
現実的に事務処理なんてケースバイケースなことが少ない会社だとExcelやAccessなどを習得すれば人間が電卓を叩くより効率が良いし、パソコンを上手く使いこなせれば、手でやってたこともパソコンで簡単にできるようになる。
オラは手でやってた仕事を引き継いだら、殆どの処理をパソコンでできるようにして次の人に引き継いだよ。そういう意味で仕事をしてからパソコンを使えるようになるよりも、学生のうちにパソコンとオフィスソフトは最低限度マスターしておくことをオススメするのだ。
( ´(Д)`)y━~~~ なんだか独り言も疲れたな。
(-(エ)-).。oO ZZZzzz
注:MASTは積和不動産東北並びに積和不動産グループが提供する優良な住まいをあらわす信頼のブランドです。
あの何を言っているのかさっぱり分からないCMで有名なMAST東北を検索してみた。
はて?出てきませんね。これは問題です。検索しろとCMで言って出てこないのはよくありません。
まず、「MAST東北」で検索を薦めた場合、検索トップに表示されるサイト名は「MAST東北」を含んでいなければ分かり辛いです。
次に、CMで使用されている言語(音声)ですが、最後の1行しか聞き取れません。
これでは確かに「津軽弁は韓国語に聞こえる」と言われても仕方がありません。
ネイティブ津軽衆であるオラが聞いても何を言っているのか分からない。つまり意味不明なCMということになります。
もしかして、何を言っているのか分からないことを利用して検索に結び付けているという意図があるならauのCMのように逆再生言葉に習っていると言えますが、基本的に津軽衆が聞き取れない津軽弁というのは津軽弁のイメージとして良くありません。
逆に「津軽弁で親しみやすく」と思っているのなら大間違いです。
オラが聞き取れないということは、青森のどこの言語でもないということになります。
また、南部の方の一部には津軽弁を嫌う傾向にあり逆効果。下北弁は北海道南部と津軽北部と南部北部+オリジナル下北用語が混じっている言語形態なので場合に寄ってはやはり聞き取れません。
CMのような発音では津軽弁がこのような喋り方をすると思われてしまいますし、津軽弁のCMとしても落第です。
よくTVなどで「東北弁」や「青森弁」という表現を見ますが、実は「東北弁」も「青森弁」も実在しません。
青森には「津軽弁」「南部弁」「下北弁」と、それらの経済圏の中間に属する町村で使われる混合言語があります。
また、津軽弁と言っても、弘前を中心とする津軽弁と、五所川原周辺で使われる津軽弁と青森市周辺で使われる津軽弁には更に細かいニュアンスや言語の違いがあります。南部弁も八戸より北と、八戸から南+岩手県北部~盛岡あたりまで使われる言語に違いがあり、下北弁もむつ市とむつ市以南で使われる下北弁と、津軽海峡に面している地域と、太平洋に面している地域に言語の違いがあります。
つまり、青森には津軽弁に少なくとも3系統。南部弁に2系統。下北弁に3系統の言語があります。
例えばMAST東北に出演しているタレントがどこの出身か分かりませんが、少なくとも弘前系の津軽弁ではなく、青森在住のオラが聞いても分からないので青森系でもない。西津軽系かといえばそうでもなさそう。
ということで・・・いったい何処の津軽弁なのさ!www・・・という事になります。
津軽弁を使うタレントで共通津軽弁を用いているのは推らく、「よしいくぞう」と「いなかっぺい」だけ。
あとは地元TV局のタレントのみとなります。
意思の疎通を優先すれば共通語(標準語)を使用するか、もっと丁寧な津軽弁で喋る必要があるでしょう。少なくとも所ジョージのダーツの旅で出てくる第一村人、第一町人のほうが字幕がすっちゃかめっちゃかになりがちですが、聞き取れます。
あと、人間というのはTVなりラジオでCMが流れると、基本的に共通語(標準語)の言語野を使いますが、日常会話モードでは、ローカル言語野を使います。事前にそれらが混合されたものであると脳に指令を与えていないと、標準語の中にいきなり方言が混入しても脳がそれを処理できないことがあります。
つまり、脳が意識して聞いている場合と、聞き流している場合とで耳から入っている音声の処理が違うのです。
例えば、A言語を共通語で使用する人間が、B言語という方言を理解している場合、基本的にメディア(TV・ラジオなど)から流れる音声はB言語が混じった状態であると認識していなければA言語のみ聞き取れますが、予告無くA言語の中にB言語が混入すると「え?、いま何て言ったの?」となることがあります。
対面では相手の言語を聴き取ろうという指令が出ていますので、それを聞き逃すことは少ないでしょう。
それでも、馴染みのない言語や、一般的に使用されないネイティブ過ぎる言語が混じった場合は、聞き取れないこともあるでしょうが、言葉の前後の意味から文章全体の流れを予測できることはあります。
ちなみにオラは津軽弁と南部弁のリスニングは大丈夫ですし、下北弁も一定以上理解しています。
例えば会話の中でナラタケというキノコが出てきた場合、津軽ではサモダシとかオリミキ。南部と盛岡ではカックイ。下北と道南ではボリボリと言われても事前にデータベースが出来上がっているので聞き取れるようになっています。
ねぶたが終わると涼しくなるというジンクス。
どうやら今日は昨日の海上運行が終わって本当の意味で「ねぶたが終わった」と言える。
澄み切った青空が広がる今日。風もあって昨日より涼しい。
長期予報も見事に外れて明日は曇りから雷雨になりそうだ。
昨夜は事故と火災がニュースで報じられた。
事故はどうせねぶた見物が終わった後のことだからまぁ、見物客が飲酒運転とか疲れて注意散漫になった結果だろうと思うし、家事で2歳と3歳の子が死亡したのも両親がねぶた見物で子供を放置していたからであろう。三内ってことだから青森港まで近いし、17-22時までの5時間って言ったらそれ(ねぶたの海上運行+花火大会)しかあるまい。そんな下らないことで自分の子供が死んでしまうなら観に行かなきゃいいじゃない。(オラは今回、ねぶたの台上げを手伝っただけで参加も見物も花火大会もすべて却下)
もしもそれが外出の理由で子供が死んだのなら、たぶん、ねぶたを見るだけ。ニュースで報じられるだけで子供を殺したことを思い出すんじゃないのかな。そうなれば青森には居られないし、引越しするしかあるまい。勤務先が全国組織の会社ならまだしも、ねぶたが全国ニュースにならないことはない。日本三大火祭りだからね。日本の何処にいてもねぶたが報じられる。一生悔やむだろうな。
全国ニュースでは高速道路での多重追突事故が報じられた。
映像で見る車両はほとんど粉々と言っても良い。
疲れたら休憩する。同乗者と話すときでも目は前を。
前方を走る車が事故っても、いつでも止まれるようにしなきゃなぁ。
まだまだ暑い日が続く。
毎年恒例の「お盆の水死事故」や、飲酒運転や他県ナンバーとの交通事故も増えるだろう。
昨日も前を走る他県ナンバーが有料駐車場の入り口で急停止して焦ったしな。
ウインカー出せよ馬鹿野郎って感じで、道を知らないドライバーが予測不能な行動をとる事もある。
オラの場合、100%通り過ぎて近い場所で左折・左折・左折で元の場所に戻る。
後ろを走る車のことを考えたらそれがベストだ。
片側2車線道路で中央寄り車線から左折してくる阿呆も居るから、すぐに反応できるように運転には意識を集中している。
( ´(Д)`)y━~~~ まぁ、どうでもいいけど、車を走らせながらスピードが安定しない車が居れば場所を探しながら走っているとすぐに分かる。ああいう馬鹿は路肩に寄せて確認すればいいのに、後ろのことをまるで考えずに走っている訳だから急停止もありうるわけだ。
すこし待てばいいのに割り込んできてすぐにこういう行動をとるのも居るんだから、馬鹿には勝てないし、馬鹿に合わせるしかあるまい。
オラが無事故無違反16年ってのは、なんだかんだ文句を言いながらも馬鹿のせいで事故を起こしたくないし、急な割り込みにも対処できるだけ運転に余裕があるからだ。
イライラすることも多いし、この猛暑続きでは事故も多くなるだろう。でも、事故を起こしてその後の行動に支障が出るよりも、運転を代わるなり休憩するなり、余裕のある運転ができるようにして頂きたい。
運転手が自爆して死ぬのは一向に構わないが、それで誰かを死に至らしめたら、いつ、どこで、誰の家族が巻き添えを食らうか分からない。これは他人事では済まされないのだ。