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2023年4月13日木曜日

動物の可愛さ基準は個人の主観

猫は可愛い。とても可愛い。でも、苦手であり、オラには敵でもある。触りたくない。デカい猫は好きだトラとかね。やはり大型の猫はカッコいい。


犬はカッコいい。結構賢い。中型犬上は好きだ。小型犬はうるさいので苦手。

鳥はほぼ全種類大好きだ。鳩は大嫌いだし、白鳥は嫌い。

爬虫類は好きだ。蛇も好きだ。

両生類は種類に依る。嫌いではない。

相手の好き嫌いって結局は相性なんだけど、実際さ、雰囲気って結構重要な要素でしょ。見た目だけで決める人は「見る目がない」と言われちゃう。
自分が困ってるときに、周りに沢山の人が居るけど、なぜか自分に助けを求めてくるパターンって無いか。それは多分、そういう雰囲気を発しているから。

基本的に話の通じる動物は好きだ。特殊な個体が稀にいる。やたらと賢い個体だ。カラスが全部賢いわけでは無いし、猫が全部嫌いではない。犬でも大バカな奴もいる。鳥が敵認定していない猫がたまにいる。普通は有り得ないのだが、鳥は基本的に種族全体を敵味方で分けず、個体ごとに敵味方を認定している。オラの知り合いの鳥がそうだからこれは間違いない。
そういう猫は友達になっても良い。多分話の通じる知能はあると思う。動物って本能で動くことが多いけど、中には合理的に行動する人間臭い奴もいる。
同時に、人間ほど個体差の大きい生物も居ないのだ。ほら、話の通じる人間と話の通じない人間が居るでしょ。動物も同じ。

話が通じないやつと友達になったりしないでしょ。でも話が通じるやつって人間とか動物とか余り関係ないし。話が通じる人間と仲良くしようとする動物だって普通に居るんだわ。
そういう動物って、似たような考えをする人間を見分けられるんで、威嚇とかしないし、意味もなく攻撃したりしない。結構興味津々に寄ってくる。
逆に、友達になれない人間や動物って気配で分かるでしょ。

コミュニケーション能力って人間同士なら言語があるし、誰でも利害が一致すれば普通に発揮できるけど、異種族間のコミュニケーション能力って、気配とか雰囲気を読める能力に極振りされた能力だから、言葉というよりも雰囲気に依るもの。

オラと相性の良し悪しを決める要素はオラの感覚に近い人になるかと。
同様にオラを怖がる動物は経験値不足か、観察力不足。感の良い動物なら初対面の動物でも察知するから危険を感じないのでいきなり襲ってこないし、この人間は大丈夫な筈だとわかる。

でも、これらも経験が長いから言えることだし、経験が長ければ分かるとも限らない。感が悪い人なら習得は難しいので努力が必要。感が良い人なら空気を読めるかのように習得できる。

見た目が9割の人には無理かもだけど。場合によっては、見た目ってその人の行ないで変化するものでもあるので、見た目でも分かってしまう事がある。いわゆる共通の傾向があるってこと。

動物的な感覚って、そっちの感覚で判断しているかも知れない。オラに動物的な判断基準で安全の目印みたいな特徴が表面にでてるとかね。

動物の好き嫌いも、人間の好き嫌いも主観だけど、一考の余地はあるし、案外と話してみれば違ったということもある。
でも、逆に、話してみたら、やっぱ見た目通りじゃんかってパターンの方が多いんだよね。

動物の好き嫌いも、人間がどの動物に近い雰囲気を持ってるかによって印象とか好意の有無が関わってくるかもよ。

実際、猫みたいな人間は苦手だもの。

思い当たる節があると思わないかい。

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