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2009年3月11日水曜日

人間から見た動物の人間的感情

動物が人間と触れ合ううちに人間の感受性に近いものを動物が学習するのだとは思うが、本来、人間と接点が無い動物は人間と親しくなろうと思わないわけで、そういった動物は人間との距離もあるので人間に好意的な行動は取らない。

つまり、ペットとして替われている動物は人間からもらえるえさや愛情によって人間との接し方を学ぶものと思われる。人間もまた、その動物の習性などが分るようになり、その動物と言葉ではなく行動や仕草等で感情を読んだり自分の感情を人間にも分かるように表すのではないだろうか。

これはスズメでもカラスでも、犬でも猫でもある意味で人間という生物に対する対応の仕方という物が長い間に蓄積されていて、人間と仲良くやっていこうという一部の動物は人間との接し方のルールを各自で持っていて、「危険は無いので近づいても大丈夫だろう」とか、「危険だから近づかない。遭遇したら殺すか殺されるか」だとか、「エサをくれるから危険は無いし、自分も安全だろう」とか思うのだろう。
勿論、個体差はあるだろうし、普段の生活において人間との距離もその群れや周囲の環境などによって変わるだろう。

でも、とりあえず、人間は自分が好きな動物という物がそれぞれにあって、その動物に接する時に出す気配のようなものをその動物は感知していると思われる。
よく、クマなどに襲われたとかニュースで読むけど、「襲われて怪我をした」というケースが多い。これは推らく、鉢合わせたということで両者が驚いた場合もあるだろうし、人間が騒いだから怖くなって襲ったという場合もあるだろう。

でも、遭遇したからどうしたということも無く、普通にしていたり、敵意は無いという意思表示をした場合はどうなんだろうかと思う。いや、逆に好意的にした場合とかは?
クマに優しく声をかけた婆さんが何もされず立ち去ったという事もあるし。藪でゴソゴソやってたクマを奥さんだと思って、声を掛けたら襲われただの、襲われたから投げ飛ばしてやったという爺さんやらクマによって起きる事故も対応は様々だ。

例えば、目の前で身内や仲間を殺されたクマであれば人間は危険だという記憶を元に人間に対して襲うという行動を取るのかも知れない。クマと仲良くやっている地域や穏便に済ませている地域ではそういった事故の発生率はどうなんだろう。
そもそも、スズメのように昔、人間に寝込みを一網打尽にされたスズメは基本的に人間との接触を避けようとする。でも、この1年でスズメも人間を恐れなくなったし、オラを見つけると後をついてくる。目の前に下りてきて手からエサを貰う事だって別に珍しくも無い。

カラスも敵対するばかりではなく、興味を持って接することでとても興味深い行動をする。ましてや脳味噌のシナプスの密度が人間より高いカラスだ。その学習能力は敵対するだけではなく、逆に他の野鳥や犬や猫と接するように優しくすれば、至近距離で観察できる。まぁ、カラスも人間観察をしているわけだが、カラスの観察と、カラスの人間観察という変な関係でもある。結局はカラスに限らず、人間ではない生物と接するには、何も難しいことは無いと思われる。

ホッキョクグマが犬と仲良くしている写真を見たことがある人も居るだろう。ホッキョクグマが犬と仲良くすることで、犬が飼い主から貰っているエサを犬から貰っている。つながれている犬と、自由に行き来するシロクマ。そして、犬にエサをやる人間。奇妙な関係だけど、犬はつながれているし、シロクマに勝てるわけも無い。襲われるくらいなら逆に友達になった方が早い。シロクマだって犬を食い殺したら飼い主に撃ち殺されるかもしれないし、エサを分けてくれる犬を襲うわけにもいかない。飼い主は犬にエサをやっているわけで、シロクマにエサをやっているわけでも無いが、結果的に犬とシロクマが仲良くやっているのであれば問題ないわけで、その異種間の仲良くやっている状況を暖かく見守る程度で良いのではないかと。

誰が悪くて、誰が危険で、誰と仲良くしてはいけないなんて所詮は人間の尺度に寄るわけだし、偏見も何も無く接すれば別に何が来ようと怖くは無い。特に何が出たからと騒がず何事も無く普通にしていれば野ウサギだって「あ、人間が居る」程度にしか思っていないからオラには何も恐怖も無いし、テンだってわざわざこっちに人間が居るのに川を泳いできて、写真を撮り終えるまで待ってはくれない。
「ああ、人間が居るな・・・」って程度だろう。向こうが望めば関わればいいし、向こうが襲ってくるなら反撃すればいい。向こうが逃げるのなら追わなければいいし、何もしなければ何もしない方がいい。

実際の所、人間を野生動物がどう思うかなんて、その動物が過去に人間と遭遇した時にどういった反応をされたかによるのだろうと思う。
みんなが優しく見守れば意外と野生の者との距離も詰まるし、不慮の事故も起きないかも。熱泉に落ちそうなヘビを何度も捕まえて藪に放り込んでやったときも一度だって噛まれたことは無い。歩いている時にヘビが居れば通り過ぎるまで待てばいい。意外とニコニコしていればどうってこと無いわけで、普段からそう思って山に入っているからクマにも遭わず、互いに距離をとってるだけ。ウサギやテンは別に見ているだけだし、カモシカだって普通に通り過ぎる。なんか動物と対峙したときの向こうの「伺う気配」に対して、こっちは高等生物なんだから「余裕のある対応」をすればいいんじゃないのかな?

動物のすることにいちいち目くじら立てたり、ギャーギャー騒いだりしている余裕の無い人間にはなりたく無いな。まぁ、カラスみたいに躾ができる野鳥もまた珍しいけどね。言えば分かるって事からカラスの知能は本当に高いとおもう。
まぁ、その知能の高さなんて、あんまし重要じゃないんだけどね。
人間だって、どうしようもないことで人を傷つけたり、殺しているんだから。
ある意味で動物に殺される人間より、人間に殺される人間の方が多いということは、人間社会ってものは動物社会よりも危険で、節操が無くて、自分勝手で、利己主義的で、自己中心的なものなのかも。
本当に知能が高いんなら同属を殺したりする無意味なことなんてしないんだし。

やっぱ、次に生まれ変わるなら人間は嫌だな。

5 件のコメント:

  1. 高橋竹山の聞き取り伝記のなかで、門付けしながら東北や北海道回っていた頃山の中で野宿していて熊と鉢合わせしたっていう話があった。竹山はその頃はまだ少し視力が残ってて黒い大きなものが熊だと分かったけどじっとしていたら熊はまたどこかに行ってしまったらしい。目の見えない人は感じ取る力が強いんだろうね。
    野宿しながら各地を歩いて回る人だったから自然や生死と隣り合わせの生活だったんだと思う。視力のほとんど無い人でもそんなことが出来ているというはすごい衝撃だった。
    その時代の人は今では考えられないくらい強いんだね。
    人間は原人の頃から肉食獣の餌だったし、今でも年に千人位は動物に食べられてるのに、途上国なんかで自然と隣り合わせの生活をしている人の情報なんてニュースには出てこない。
    動物である人間という視点をもてたら良いなと思う。

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  2. 人間は食物連鎖から外れた存在。
    でも、時として人間も食べられる側に居る訳でして。

    普段、多くの命を糧として生きている人間。誰かに食べられたって文句は言えない。だって人間も動物なんだし。

    ただ、襲われて死ぬくらいなら、相手と刺し違えても良いくらいの余裕は欲しい。そのために人間は生物としても強く、優しく、賢くなければなら無いのかも。

    もう忘れてしまっている人が大半だろうけど、人間も昔は動物と対話できていたかも知れない。

    (* ̄(エ) ̄)まぁ、ワニとかトラとか、ライオンなんかに交渉はするだけ無理だろうけど・・・

    高橋竹山先生は逆に目が見えないことで助かったのかも知れない。
    クマに三味線でも聞かせてあげればどうだったろうねw

    動物が音楽をどう感じるのか気になるし。意外と動物でも音楽で和平交渉できるかも知れない。

    どっかに動物を落ち着かせる音楽とかあれば、いいかもね。
    そうか、考えてみみなかったな。
    動物と音楽の関係。

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  3. サメも交渉難しい。
    刺激しない方法なら分かるけど。
    牛舎で音楽ってよく有るけど動物は金属音は駄目なんじゃ ?
    竹山伝記の中で、山の中の川で着物洗って乾くまで裸で三味線弾いてる話もあった。そんな人だから音楽で人の心を掴むんだね。

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  4. サメは確かに交渉には向きませんよね。
    魚だし・・・

    でも、サメが向かってきたら鼻を撫でるといいらしいですよ。
    サメが鼻を撫でられるという経験が無いから、何をどうしたらいいか分らなくなるそうです。
    シャチも水族館で飼われると学習するらしいですが、野生では危ないかも知れない。

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  5. そういえば、高橋竹山のQ版CDどこしまったっけ?・・・

    100円ショップでも売ってるけど、やっぱりQ版は良かったしなぁ・・・確か1500円だったけど、民謡まで収録されてたんだよね。桜祭りなどでよく流されています。

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