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2009年2月2日月曜日

asahi.com(朝日新聞社):積丹岳、スノボの男性遭難 救助中にソリごと滑落、死亡 - 社会

救助隊が男性をソリで引き上げる途中、ひもで樹木に結びつけた際に木が折れてソリが滑り落ち、行方がわからなくなった。2日朝になって道警ヘリが標高約1千メートル付近でソリに固定された男性を発見、死亡を確認した。

滑落した藤原さんは意識がもうろうとした状態で自力歩行が困難だった

(* ̄(エ) ̄)ふーん。

黙ってても死んでた訳だし、冬山に行くのは自殺願望者だからべつに警察に責任は無いべさ。
救助隊員だって命をかけて救助に行ってるんだ。自分の命を守るのが第一だ。
斜面で体力を消耗したから交代のために救助者を載せたソリを木に縛った。だけど折れて落ちちゃった。うん、仕方が無いことだ。救助に行ったひと、お疲れ様でした。

木が折れたってのもそういう運命だったのさ。生きる意思があれば人間って超人的な力を出せるしね。
オラも危険には敏感だから怪我で入院するような目に合ってない。
いや、実際には宙吊りになったり脚を折りそうになったことはあるよ。折れてたかもしんないけどさ。
でも、咄嗟の行動が出来るかどうかで、その人の運命は決まるだよ。
マジで瞬間的に風景がモノクロになって、時間がゆっくり流れたこともあるよ。
人間の目と脳は、処理速度を優先する場合、色情報をカットしてまで目から脳に入る情報の量を高めるために1秒間のコマ数を劇的に上げるんだってさ。その際、色情報よりも視覚情報を優先しているため色が省略されるんだとか。で、流れ込んでくる情報量を脳がフル回転で認識しているから、瞬間的に回りの時間が遅くなる。

まさか!w時間が遅くなるって事は無い!・・・と思ってるでしょ?
でもよーく考えてみよう。
同じ時間を生きているようで、犬や猫はなんで寿命が10年とか長くて20年くらいなの?
彼らと人間とでは生きている時間の流れが違うからなんだよ。
虫が1年くらいで死んじゃうのはかわいそう?
違うよ、彼らの生きている時間も、人間が生きている時間も、犬猫が生きている時間も、象やカメや鯨が生きている時間はそれぞれの体感時間としては同じなんだよ。虫にとっての1年は人間にとっての70年かもしれないし、犬猫の10年は人間にとっての60年分くらいの時間なんだよ。

虫は流石に極端な例だけどね、動物の心臓はだいたい同じ鼓動の回数で停止する。
それが寿命だ。でも、それぞれがそれぞれの大きさや生活のサイクルがあって、同じ一日でもその動物にとっては10倍かもしれないし、逆に半分かも知れない。言ってる意味分るかな?

体感時間は通常の流れと実際の時間に必ずしも比例しないのだよ。
常にエサを穿ってるスズメだって寿命は野生で3~4年なんだ。
飼ってても10年も生きれば長生きだろう。
でも、人間が1日に3食も食うのに、カメは1回食えば1ヶ月くらい食わなくても死なないし、スズメみたいに1時間ごとに何かを食ってるのも居る。
同じ時間を生きているようで、そうじゃないんだ。
ということで、時間と言うのは人間でも「楽しい事をしているとあっという間に過ぎ、辛いと長く感じる」ってことと同じ。
生命の危機等に遭遇すると瞬間が長く感じるし、だらだらしていれば長く感じる。
腹が減るからその都度食うのが健康的なのか、食わなければ死んじゃう生物もいれば、何日も食わなくたってへっちゃらの生き物だって居る。

時間の感覚なんてそんなもんだよ。体感のクロック数が上がれば時間は遅く流れ、体感のクロック数が下がれば短く感じる。
まだ分らない人が居るとすればこれで分るだろう。激しく運動している時の自分。平常時の自分。寝ているときの自分。心臓の鼓動=クロック数。どう?

で、当然ながら自己の瞬間、その膨大なコマ数の情報を脳が判断しつつ全身の感覚を研ぎ澄ませ、全力で対処しようとするため、瞬間的なことでも数秒が数十秒に感じたりする事もあるんだって。
前の日記でも書いたけど、剣道やってたし、幼少期から山菜採りに行ってたから動体視力が非常に優れているのはそういうこと。

オラは好き好んで冬山に行ったりはしないけどね。
暖かい寝床で冬眠してたほうが死ななくて済むもん。
ただ、夏山はやめられませんなぁ。
クマでもカモシカでもニホンザルでも掛かってきやがれ ヾ(`(Д)´)シ 威圧しちゃる!
でも、友達光線出してたらオラも無害だ。
カラスやスズメが公園で友達光線を出してくれば、オラがそれを感知して互いの距離を感じながら相手の目や態度で何を考えているのか探りあう。動物同士では普通にやってることだ。人間が失っている能力かも知れないけど、結局は人間に飼われるとその能力は変われているペットも失う事にもなるけどさ。
安全な人間社会の檻の中でしか生きられない人間はそういった自然や動物が発している空気を読めなくなっているってことだ。

結局危険なのは「空気読めない」ってことなんだよね。
危険に臭いがあると分かる人には分るよね。
動物的な勘に近いけどさ。
その動物的勘を人間は失いつつあるんだと思う。
動物的勘があれば、殺気も読めるし、危険が無いというオーラを出していれば動物もそれを感じ取る。
時には駆け引きもあるけどさ、自然の中で「空気を読む」ってのは生死にも関わることだし。

人間てのは大自然には無力なんだし、死ぬときは死ぬさ。
ただ、勘が良かったり、それなりの感覚があれば生き残れる確率は上がる。
野生の者は毎日そういう危険と隣り合わせだから事故で死ぬことはあっても、人間ほど馬鹿じゃないから危険な空気を読めるんだよ。

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