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2024年4月16日火曜日

法の遵守の軽視 無車検・無保険・他人名義

余りの無関心さに一瞬脳が??????という状態になった。それって気にならないの?って思って呆れるというか、無関心にも程があるが、実際のところ、そういう人種も居るのだろうという事実だけが明るみに。というか、実際はこういうの少なくない訳で。

 スーパー駐車場で女児はねられ死亡した事故、車は知人名義・車検切れ・自賠責保険なし

こりゃ貸した方も同じくらい罰せられれば良いのに。これで保険が下りないともなると被害者への救済は税金が使われるのだろうか?。

自賠責はあくまでも最低限度の人身事故を救済するための保険で、絶対に加入することが運転の条件になっている。車検切れの車に乗ってた72のジジイもフロントガラスの上にあるシールを気づかないわけがなく、車検証入れを見れば自賠責保険の未加入も判るわけで、そんな危なっかしい車なんぞ普通は借りない。

もう一つ。

「バックしてきた乗用車に親子がはねられ、生後9か月の女児が死亡した事故」という部分でも理解しがたい人も多いだろうと思う。いや、生後9ヶ月が元気に走り回れるのかは子供の居ないオラには分からないのだけれどね。

生後9ヶ月の子供が周囲の安全確認など出来るはずもなく、親は何をしていた?ということ。この車がきちんと車検を受けて保険も加入していて、過失がなければ親の不行き届きで不起訴になるかもしれない案件ではあるが、無車検・無保険・借り物で死亡事故ともなると加害者の神経の方が図太いと思う。

いつも言ってるけど、「親が馬鹿だと子供は早死にする」って点は言い方が酷いと言われようとも、しっかり認識すべきことで、自分の子供を失いたくなければ、ひとつずつしっかりと確認すること。子どもの行動は年齢が低いほど予測が難しいこと。子供は一番最後に降ろし、乗るときは一番最初にチャイルドシートに固縛すべきもの。先日も似たような事故があったでしょ。

もしもあのニュースに何か思うところがあれば、自分は絶対に気をつけるという信念を抱くところ。ところが実際はこんなもん。他人事で関心はなく、失ってから後悔してしまう。後悔したところで子供は帰って来る訳でもなし、ただただ「あの時ああしていれば・・・」と死ぬまで後悔することになる。

繰り返す。「親が馬鹿だと子供は早死する」ってこと。ここで言うところの馬鹿ってのは勉強の出来るできないではない。周囲への関心。身の回りにあるリスクへの関心。危険予知と、リスク評価と事故対策だけ。これは勉強とは無関係で賢いか愚かかの違い。少し考えれば判ることを放置するのが愚か。行動の前にリスクを加味して危険を回避するのが賢いってこと。知能指数とは関係ない。

ま、オラの知能指数が幾らなのかは全く分からんけど、答えのない問題の解決能力は周囲の人間よりも遥かに多く、素早くできるので少なくとも低くはなく平均以上はあると思う。仕事上、事故分析や予測、予知、対策、再発防止策などを散々やらされてきたので様々な事故から、本質を前提として親ができること。できないこと。それに対して未然に防ぐための手順書などの作成は多くの人の意見を聞きつつ、簡潔にまとめることは可能だ。

一番の悪は本質を理解しないこと。それに依って起こる事故を想像できないこと。そのためにできることを思いつかないことなのだ。これは繰り返しやることでいくらでも鍛えられる思考ルーチンで、慣れると答えなんぞものの数分で思いつく。当事者に成らなければその問題には気付かず、当事者でなければ実情を知り得ない。当事者でなければ行動予測はできず。当事者でなければ普段はどうなのかを知ることもできない。だからオラは部外者だからそれを当事者に言うことはできないし、本来であればそれは当事者が行なうことだ。

傍から見て「うっわ!、あれ危ないな」という事案は結構見る。よくもまあ、そのリスクに気づかないものだと逆に感心することもある。へぇ~これが一般人の関心のレベルなのかと勉強させられることはある。世の中なんぞ、自分自身で墓穴を掘って事故に遭う人間は多い。その多くがそれに対するリスクに気づかず、何故か自信満々に自分だけは大丈夫だと思い込み、そして盛大に事故ってしまう人が居る。

このニュースはそういった日常の中にある1シーンなのだと思えば納得できるが、それでいいのかな?とは何時も思うだけでここに愚痴るしかできることは無い。

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